社会人になって、初めて配属されたのは営業部東日本担当。私の直属の上司である担当課長は小太りで頭が薄め、脂ぎった感じで、正真正銘の「ザ・中年」。まだパソコンが普及しておらず、文書作成にはワープロが使われていた。課には2台、ワープロがあったが課長だけがワープロを使えず、課長が手書きした文書をワープロで清書をすることが私の仕事でもけっこう大きなウェイトを占めるようになった。課長の各支店に向けた文書の量は、ハンパなかったからだ。よく汚い字のことを「ミミズのような字」と言うが、課長の字はまさしくそれで、解読するのに一苦労。おかしな表現を直し、わかりやすい文書に仕上げてワープロで清書したものを見せると、満足そうにうなずいてくれたものだ。
当時はうっとうしいと思っていた仕事だが、今思うと、すごい発信力だと感心する。世の中や業界内の動きに敏感でなければ、できないことだ。貸し倒れを防ぐために不良債権の管理を徹底する指示、営業マンの残業を削減する呼びかけ、風邪やインフルエンザが流行りだすとそういったものへの注意喚起まで、連絡文書にしたのだ。
今ならば支店における節電のお願いを訴える文書を書いていただろう。私が結婚退職してからも年賀状のやり取りは続けていたが、3年前、課長の死を伝える喪中はがきが奥様より届いた。課長ならばiso50001についてもいちはやく勉強し、エネルギーを有効活用する旨の文書をあの汚い字で書いて、私に渡して来たに違いない。
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